神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1810号 判決
原告
レディースシューズ赤とんぼこと高風正勝
右訴訟代理人弁護士
関通孝
同
笹野哲郎
同
松下宜且
被告
関西信用金庫
右代表者代表理事
田端基宏
右訴訟代理人弁護士
南里和廣
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 原告の請求
被告は、原告に対し、金四九三四万五一八〇円及びこれに対する平成三年一二月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
原告は、原告肩書地において、「赤とんぼ」の屋号にてレディースシューズの製造販売業を営んでいるが、平成元年一一月二七日頃、金融機関である被告の新長田支店(以下同支店を「被告支店」という)との間で、当座勘定取引契約を締結し、同取引を開始した。
2 (本件不渡処分の発生)
原告は、平成三年五月九日、原告振出の約束手形について、資金不足を理由として、第一回目のいわゆる不渡処分(以下「本件不渡処分」という)を受けた。
3 (本件不渡処分に至る経過)
(一) 原告の妻高風節代(以下「節代」という)は、平成三年五月八日午前一一時三〇分頃、被告支店の吉原勇行員(以下「吉原」という)から、約束手形が取立てに回ってきているが、八〇万円の資金不足がある旨の電話連絡を受けた。
(二) この電話に先立ち、原告においては、右当日に、原告の取引先である東京のミスズ商事から、被告支店における原告の当座勘定(以下「本件当座」という)宛てに取引代金一〇〇万円の送金があると考えていたため、節代は、右電話に際し、吉原に対し、ミスズ商事から本件当座に入金がある旨を明確に返答した。
(三) そして、原告の事務員は、ミスズ商事に対し右送金の事実を確認するために電話をかけたところ、同社事務員から、「今日の午後三時までに必ず着くようにお金を振り込みました。」旨の返答を得た。
また、その後、節代は、被告支店に出向き、念のため、本件当座に金一二万円を入金した。
(四) 右八日においては、原告と節代は、被告からその後連絡を一切受けなかったため、取立てに回ってきている旨電話連絡を受けた約束手形については、ミスズ商事からの送金を支払資金として、当然決済されたものと考えていたが、実際には、ミスズ商事は、前記送金すべき金九五万〇七〇〇円を被告支店の本件当座に送金せず、阪神銀行大橋支店における原告の預金口座に送金してしまった。
(五) 原告は、翌九日午前九時一五分頃、被告支店に対し、電話をかけたところ、被告支店行員国広一幸(以下「国広」という)から、「預金はプラスになっている。」旨の返答を得るとともに、その際にファックス送信を受けた当座勘定照合表の記載によっても、差引残高がプラス金一二万五〇四〇円になっていたため、前記約束手形が無事決済されたことを確認した。
(六) ところが、原告は、右電話の約一五分後に、国広から電話を受け、「さきほどの当座勘定照合表はコンピューターのインプットミスであり、不渡処分が出ている。」との連絡を受けたため、驚いて、直ちに現金一〇〇万円を持って被告支店に赴いたが、前記約束手形は既に返却ずみであり、本件不渡処分をどうすることもできないとの説明を受けた。
(七) なお、原告は、本件不渡処分以前にも、被告支店から次のような取引処理を受けたことがあり、これらは、本件不渡処分に至るまでの被告の事務処理の実情として、慰謝料算定の際にしん酌されるべきものである。
(1) 原告は、平成二年一〇月二九日朝、被告支店に対し、約束手形四通(額面合計金四一五万三二四一円)を持参してその割引を依頼し、これを同月末の従業員の給料の支払資金に充てようと考えていたところ、翌々日の三一日午後一時半になってから、右手形のうち三通分(額面合計金二六七万〇七六五円)については割引枠(金三〇〇〇万円)を超えるので割引できないと言われたため、割引率の悪い町金融業者から手形割引を受けて急場をしのぐことになったが、被告支店としては、割引枠の超過ということであれば、遅くとも右二九日中にはその旨の連絡をすべきであった。
(2) 原告は、平成二年二月頃、節代を介して、被告支店に対し、原告名義の定期預金の解約を申し出たところ、被告支店坂本次長は、それまでの手形割引額が既に割引枠を超えているとして、右定期預金の解約を拒否したばかりか、新たに定期預金通帳三通を担保に取った上、右預金通帳に鋏を入れて一部を切り取り、原告において右預金を解約できないようにしたが、右当時、手形割引額が割引枠を超えていた事実はなく、これは、被告において原告の割引額に関しコンピューターの消し忘れミスがあったことによるものであった。
4 (被告の本件確認義務)
(一) 金融機関は、一般に、当座勘定取引契約を締結している顧客に対し、できる限り不渡処分がされることがないようにするため、顧客において資金繰りが困難で真実不渡処分を避け得ないものかどうかを見極めるべく尽力すべき商慣習上の義務を負っているといわなければならない。
これを具体的にいえば、金融機関は、顧客の振り出した手形が支払のために呈示され当座勘定にその支払資金が不足しているような場合、顧客に対し直ちに右の事実を通知すべきことはもちろん、その通知の際に、顧客からの返答によって資金繰りがつかないなどの事情が客観的に明らかになった場合以外は、顧客が不渡処分を受けることをできる限り回避するため、右手形を不渡返却する前の午後三時頃までの間に、あらためて、顧客に対し資金繰りの状況(入金の可能性の有無)について再度確認を取るべき商慣習上の義務(以下、これを「原告主張の本件確認義務」ともいう)を負うものである。
(二) そして、原告主張の本件確認義務が商慣習上の義務として確立されていることは、次の事情からも明らかである。
(1) 原告は、本件不渡処分後、神戸市長田区内に支店を置く他の銀行、信用金庫に対し、本件確認義務の存否について尋ねたところ、これら金融機関は、いずれも、当日午後三時頃に顧客に対し本当に資金繰りがつかないのかどうかを再度確認するための連絡をするのはもちろん、手形の不渡返却時刻を翌日午前一一時まで遅らせたりするなどの配慮をしている旨の回答を得ている。
(2) また、原告は、取引先の業者の意見も徴したところ、これら業者は、いずれも、金融機関から必ず午後にも資金繰りの状況について再度連絡を受けており、午前中に一度連絡を受ければ足りるということになれば、不安であり、そのような金融機関とは安心して取引できない旨申し述べている。
(三) さらに、原告と被告との間の取引実情から考えてみても、被告は、顧客に対するきめ細かいサービスを第一の目標に掲げる地方信用金庫であり、被告支店においては、本件不渡処分以前には、本件当座において手形の支払資金が不足している場合、原告に対し、必ず、午後にも再度連絡をして資金不足状態にあることの注意を促し、資金繰りの状況について確認を取ってきたのであって、原告としても、資金不足状態にある場合には、当然、被告支店から再度連絡があるものと信じて被告支店との取引を継続してきたこと、また、原告は、金八〇万円程度の資金不足のために本件不渡処分を受けたのであるが、本件当座において決済される原告の手形取引額は月額金一二〇〇万円ないし金一五〇〇万円に及ぶものであることを考えれば、被告としても、原告が右程度の資金不足のために不渡手形を出すなどと考える余地はなかったはずであること、さらに、節代は、平成三年五月八日午前一一時三〇分頃、被告支店から受けた資金不足である旨の電話連絡に対し、入金する旨の回答をして資金手当てを行うことをはっきりと言明していることなどの事情からすると、被告は、これまでの当座勘定取引に伴う義務として、同日午後において、原告に対し、資金繰りの状況について再度確認を取るべき義務を負っていたことは明らかである。
5 (被告の責任)
しかるに、被告は、右八日午前一一時三〇分頃、節代に対し、取立てに回ってきた約束手形があるため本件当座が資金不足状態にある旨の電話連絡をしたものの、その後、資金不足状態が解消されていないにもかかわらず、原告に対して一切連絡をせず、漫然と資金不足を理由として右約束手形を手形交換所に不渡返却したというのであるから、被告には、本件確認義務を怠った不履行ないし過失のあることは明らかである。
それゆえ、本件不渡処分は、原告自らの資金不足によって生じたというよりは、被告の右不履行ないし過失によって生じたというべきである。
したがって、被告は、債務不履行責任又は不法行為責任に基づき、原告が不渡処分を受けたことによって被った損害について賠償すべき責任がある。
6 (損害)
(一) 納品停止による損害
金六三〇万円
(1) 原告は、業者に対し婦人靴を販売していたところ、各業者に対する月平均の売上数は以下のとおりである(平成二年六月から一一月までの間の平均値)。
株式会社ラブリーシドニー
三〇〇足
ファースト商会 三〇〇足
コトブキ商会 五〇〇足
株式会社日下部商会 一〇〇足
有限会社丸信商会 六〇〇足
日動商事株式会社 二〇〇足
合計二〇〇〇足
(2) ところが、原告は、本件不渡処分を受けたため、これら業者から信用不安等を理由にして取引の停止を受けた結果、少なくとも半年間にわたって取引停止状態が継続し、その間の売却益を失うことになったから、この間の逸失利益につき、婦人靴一足の納品単価を平均三五〇〇円、利益率を一五パーセントとして計算すると、次の計算式のとおり、金六三〇万円となる。
3500(円)×0.15×2000×6=630万(円)
(二) 材料供給停止による損害
金一〇〇〇万円
原告は、本件不渡処分の結果、(一)と同様に、婦人靴製造に関する材料につき、納品業者から以下のような措置を受けたため、少なくとも合計金一〇〇〇万円の損害を被った。
(1) 皮、底、ボール 納品した商品の引き上げ。
(2) 福材、裏材、製品箱 納品の全面中止。
(3) 設備機械 納品予定の取り止め。
(三) 展示会受注商品キャンセルによる損害 金三〇〇四万五一八〇円
原告は、別紙のとおり、取引先から注文を受け、展示会向けの商品を製造していたが、本件不渡処分のため、すべてキャンセルとなった結果、これによって、合計金三〇〇四万五一八〇円(仮にそうでなくとも、少なくとも前記利益率一五パーセントの割合による右売却益金四五〇万六七七七円)の損害を被った。
(四) 慰謝料 金三〇〇万円
原告は、本件不渡処分の結果、以上のような財産的損害を被ったばかりか、手形取引ができなくなって現金決済を余儀なくされ、新たな資金融資も受けられなくなるなど、社会的信用を著しく失い、耐え難い精神的苦痛を被ったから、慰謝料としては、金三〇〇万円が相当である。
7 よって、原告は、被告に対し、本件損害合計金四九三四万五一八〇円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である平成三年一二月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否と反論
1 請求原因1、2の事実は認める。
2(一) 同3(一)の事実は、吉原が原告に対し電話連絡した際に伝えた本件当座の資金不足額の点を除いて、認める。右金額は、金九九万円余である。
(二) 同(二)の事実は不知。
(三) 同(三)の事実中、節代が本件当座に金一二万円を入金した事実は認めるが、その余の事実は不知。
(四) 同(四)の事実中、被告支店がその後原告に対し連絡をしなかったことは認めるが、その余の事実は不知。
(五) 同(五)の事実中、被告支店が原告主張の日時に原告から電話連絡を受けて国広がこれに応対し、差引残高について回答したことは認めるが、手形決済が確認されたとする点は争い、その余の事実は不知。
国広は、被告支店の年金担当営業係員であるが、右の電話に際し、担当者吉原が不在であったため、原告の当座勘定取引の状況を知らないまま、当座勘定照合表だけを見て、単に本件当座の残高が金一二万五〇四〇円である旨を回答したにすぎない。
(六) 同(六)の事実中、国広が原告から受けた前記電話の約一五分後に原告に対し再度電話連絡をした際、コンピューターのインプットミスがあった旨伝えたことは否認し、その余の事実は認める。
国広は、その後、吉原から原告の資金不足による手形の不渡返却の事実を聞いて、直ちにその旨を原告に伝えるために右の電話をしたのである。
(七)(1) 同(七)(1)の事実中、被告が原告主張の日時に手形割引依頼を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告においては、当該約束手形三通の内容等について審査した結果、手形割引を拒否することにし、その翌日にその旨を原告に通知して翌々日に手形三通を返却したのである。
(2) 同(2)の事実は、すべて否認する。
被告は、平成三年一月頃、原告から手形割引継続の依頼を受け、原告名義の定期積金を担保に取ることを条件としてこれに応じたが、その際、担保差入れずみを証するために定期積金証書の領収証欄の一部を切り取って保管したことがあるにすぎない。
3(一) 同4の事実中、被告が原告主張のような本件確認義務を負っていることはすべて否認する。
原告主張のような商慣習はそもそも存在せず、金融機関は、商慣習上ないし当座勘定取引契約上原告主張の本件確認義務を負うものではない。
(二) 金融機関は、当座勘定取引契約によって、顧客の振り出した手形、小切手が支払のために呈示された場合その支払義務を負っているが、それはあくまで当座勘定の支払資金の範囲内に限られており、呈示された手形等の金額が支払資金を超えている場合についてまで支払義務を負うものではない。
金融機関は、右支払事務に当たり、受任者として善管注意義務を負っているが、この善管注意義務は、顧客の支払資金の資金繰り関係についてまで及ぶものではないから、当座勘定の支払資金が不足する場合に、顧客に対しその旨を連絡すべき法律上の義務はないが、資金不足を理由とする不渡は顧客の信用に重大な影響を及ぼすため、実務上は慎重を期して、資金不足状態が常習化しているような場合を除き、資金不足状態にあることを連絡し、入金の催促を行った上で、当該手形等を不渡返却するようにしている。
(三) 本件の場合、被告は、原告に対し、平成三年五月八日午前一一時三〇分頃、本件当座が資金不足状態にある旨を電話で連絡しているのであるから、右実務上の取扱いに従った手続を踏んでおり、被告には何の落度もないというべきである。
また、原告と被告との間では、当座貸越契約が締結されていない以上、他行から取立てに回ってきた手形について、本件当座においてこれを決済するだけの資金がない場合には、被告としては、資金不足を理由として不渡返却するしかない。
それゆえ、本件不渡処分は、結局、原告において資金手当をすべきであったにもかかわらず、これを怠ったという原告の不注意が原因であったといわざるを得ない。
4 同5の事実中、被告が原告に対して再度の連絡をしなかったことは認めるが、それが被告の債務不履行又は過失に当たること及び本件不渡処分が被告の義務懈怠によって生じたものであることは否認し、被告が債務不履行責任又は不法行為責任を負うべきであるとする主張はすべて争う。
5 同6の事実はすべて争う。
第三 証拠関係〈省略〉
理由
一請求原因1(当事者)及び2(本件不渡処分の発生)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二本件不渡処分に至る経過について
1 右争いのない事実と〈書証番号略〉、証人吉原勇、同国広一幸及び同高風節代の各証言、原告本人の供述(第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる(一部争いのない事実を含む。)。
(一) 被告支店では、原告との間で当座勘定取引を続けていたが、平成三年五月八日午前一〇時三〇分頃、原告振出にかかる額面金一〇〇万円の約束手形(以下「本件支払手形」という)が手形交換を経て取立てに回ってきたため、吉原(窓口事務担当次長)が、当日における本件当座の残高を調べたところ、わずか金五〇四〇円の支払資金があるだけであった。
なお、原告と被告との間では、右当時、当座貸越契約は締結されておらず、また、原告が被告支店に預金していた定期預金や定期積金は、既に、原告の資金繰りのために解約されており、普通預金もない状態であった。
(二) そこで、吉原は、同日午前一一時三〇分頃、原告方に電話をかけ、これに応対した節代に対し、本件支払手形が回ってきており、九九万円余の資金不足がある旨を伝えた。
(三) ところで、原告は、右同日は、午前中からゴルフに出掛けていて不在であったが、その日に本件支払手形が回ってくることを知っていたため、予め、東京の取引先であるミスズ商事に対し、従来どおり今回の取引代金一〇〇万円についてはこれを同日中に被告支店における原告の本件当座に送金するように依頼し、これを右手形の支払資金に充てる心積もりでいた上、節代に対しても、その旨を伝えるとともに、同日に、もう一度ミスズ商事に対し右送金をしたかどうかを確認するための電話をするように指示しておいた。
(四) そこで、節代は、吉原からの前記電話に対し、原告からの右指示に基づき、「入金します(ミスズ商事から入金があります)。」との返事をした。
(五) その後、原告の事務員ないし節代は、ミスズ商事に対し右送金の事実を確認するために電話したところ、同社事務員から、送金を終えた旨の返答を得たが、その際には、被告支店の本件当座に送金したかどうかの確認をしなかった。
また、同日昼過ぎ頃、節代は、被告支店に出向き、本件当座に現金一二万円を入金したが、その際、被告支店の行員と格別のやりとりをしなかった。
(六) 原告は、同日午後三時頃、出先から節代に対し電話をかけ、ミスズ商事に対し送金の事実を確認したかどうかを尋ねたところ、節代から、ミスズ商事が送金したと言っていること及び被告支店からは連絡がないことを聞いたが、その際、節代は、原告に対し、午前一一時三〇分頃に被告支店から受けた前記電話のことについては伝えなかった。
(七) 原告は、節代との間の右電話のやりとりによって、本件支払手形は無事決済されたものと考えていたが、同日夜に帰宅した際、節代から、午前一一時三〇分頃に被告支店から受けた前記電話のことを聞いて多少不安であったため、翌九日午前九時一五分頃、被告支店に電話をかけ、電話に出た国広(年金係)に対し、右手形が決済されたかどうかの確認を求めた。
(八) これに先立ち、ミスズ商事は、原告の予期に反し、現金九五万〇七〇〇円を被告支店の本件当座に対してではなく、阪神銀行大橋支店における原告の普通預金口座に送金したため、被告支店の本件当座では本件支払手形の支払資金が不足したままの状態であり、被告支店では、その後原告からは何の連絡も受けなかったことから、これまでからの取扱いに従い、右八日午後三時半頃、本件支払手形を資金不足を理由に不渡手形として被告本店に戻し、その後、同手形は、翌九日午前八時半頃、本店から手形交換所(午前九時から業務開始)に対し不渡返却された。
(九) ところが、国広は、原告から受けた前記電話の際、本件支払手形が右のように不渡返却されていることを知らなかったため、右八日付分の当座勘定照合表を調べてみたものの、入・出金の変化を表す記載がなかったので、原告に対し、手形は回ってきていない旨返答した。
(一〇) しかし、国広は、その後間もなく、吉原から、本件支払手形が不渡返却されている事実を聞かされたため、同日午前九時三〇分頃、原告に対し、再度電話をかけて不渡処分が出ている旨を伝えた。
(一一) 原告は、これに驚き、直ちに現金一〇〇万円を持って被告支店に出向く旨を伝えたが、国広から、右手形は既に返却してしまっており、不渡処分を回避することは不可能である旨の説明を受けたため、現金の持参を思い止まり、その後調査したところ、ミスズ商事が過って阪神銀行大橋支店における原告の普通預金口座に送金していたことが判明したものの、結局、被告支店が右手形の不渡返却手続を行う前に再度の連絡をしなかったことについて納得することはできなかった。
2 以上の各事実を認めることができる。なお、原告本人の供述中、原告が右九日午前九時一五分頃に被告支店に電話をかけた際、国広から本件支払手形が決済ずみである旨の回答を受けたとする部分は、前記証人国広の証言と対比して直ちには採用し難い。
そして、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
三次に、本件不渡処分の発生に関して、被告が前記不渡返却に先立ち午後に原告に対し再度連絡を取らなかったことは争いがないところ、被告が原告主張の本件確認義務を負うか否かについて判断する。
1 原告主張の商慣習の存否について
(一) まず、原告は、被告について、原告が不渡処分を受けることをできる限り回避するため、本件支払手形を不渡返却する前に、午後にもあらためて、原告の資金繰り状況(入金の可能性の有無)について再度確認を取るべき本件確認義務が商慣習上存在していた旨主張する。
(二) しかしながら、金融機関において原告主張のような顧客の資金繰り状況(入金の可能性の有無)について再度確認すべき取扱いが商慣習として確立されているというためには、少なくともまず、そのような取扱いが、(原告と被告との間についてだけではなく)一定の広さの人的、地域的範囲内で慣行として反復継続して繰り返されていることが必要であると解されるが、以下に述べるとおり、本件証拠を仔細に検討してみても、いまだそのような事実を認めることはできないといわなければならない。すなわち、
(1) たしかに、証拠(前記証人吉原の証言、原告本人の供述)と弁論の全趣旨によると、金融機関は、当座勘定取引契約を締結している顧客に対し、不渡処分がされた場合には、顧客の信用について極めて重大な影響を及ぼすことになることから、その事務処理に当たっては、受任者として、十全の配慮をして慎重な取扱いを行っており、本件のように、午前中に取立てに回ってきた支払手形等について支払資金が不足している場合には、実務上、顧客本人ないし責任ある経理担当者らに対し、速やかに、その旨を連絡するとともに入金の催促を行っていることが認められ、以上の事実は、被告の自認するところでもある。
(2) しかしながら、金融機関が午前中に右支払資金不足の連絡と入金の催促を行ったのちにおいて、顧客からその後も入金等がないような場合に、不渡返却の手続を取る前に、右の連絡以上に、さらに顧客に対し資金繰りの状況について再度確認すべき取扱いが実務上広く確立されていることを認め得るような的確な証拠は存在しないといわざるを得ない。
この点について、原告は、神戸市長田区内に支店を置く他の銀行、信用金庫からそのような取扱い等を行っている旨の回答を得た旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、原告の取引先業者も、原告の主張と同意見であり、金融機関から必ず午後にも資金繰りの状況について再度連絡を受けている旨主張し、これに沿う証拠として〈書証番号略〉(陳述書)を提出するが、これらは、形式的には、原告が作成した定型の文案に取引先業者の署名押印を得ただけのものにすぎないし、内容的にも、金融機関に対して手厚いサービスを求める旨の顧客側の強い要望を述べたにとどまるものと解されるのであって、これらの証拠をもってしても、原告主張の取扱いが確立されているとまで認めることはできない。
(三) かえって、証拠(〈書証番号略〉、前記証人吉原及び同国広の各証言)と弁論の全趣旨によると、金融機関は、当座勘定取引契約上、顧客の振り出した手形、小切手が支払のために呈示された場合にその支払義務を負っているが、当座貸越契約がない場合、それは、あくまで当座勘定の支払資金の範囲内に限られていることが認められるし、さらに、金融機関が右のように顧客に対し当座勘定の資金不足の連絡と入金催促を行ったのちにおいては、その後の個々具体的な資金手当ての問題は、本来、顧客の責任と判断によってのみ行われるべき事柄であるというべきであるから、金融機関において、当座残高の範囲を超える決済のために、顧客の資金繰りの状況について、自ら再度連絡を取ってまでこれを確認すべき義務があるとすることは困難であるといわざるを得ない。
そして、他に原告主張の商慣習の存在を認めるに足りる証拠はない。
(四) 以上によると、原告主張の本件確認義務が商慣習として確立されているものと認めることはできない。
2 被告のこれまでの取扱いについて
原告は、さらに、被告との間のこれまでの取引実情を根拠として、本件確認義務の存在を主張するので、この点について検討する。
(一) まず、原告は、被告について、きめ細かいサービスを第一の目標に掲げる地方信用金庫であり、被告支店においては、以前から、本件当座において手形の支払資金が不足している場合は、原告に対し、必ず、午後にも再度連絡をして資金不足状態にあることの注意を促し、資金繰りの状況について確認をしてきたから、原告としても、資金不足状態にある場合には、当然、被告支店から再度連絡があるものと信じて取引を継続してきた旨主張し、原告本人及び前記証人節代も、その旨を供述している。
そこで、検討するに、証拠(前記証人節代の証言、原告本人の供述)と弁論の全趣旨によると、原告は、本件当座に資金不足が生じた場合には、被告支店の行員から、午前中だけでなく、入金が遅れたときには午後にも再度その旨の連絡を受けたことが本件不渡処分以前に五、六回程度あり、特に、平成二年秋頃までの間は、島崎某行員が被告支店に勤務していたため、親切な取扱いを受けていたことが認められる(なお、前記証人吉原の証言中には、一部右認定に反する部分がみられるものの、前記証拠に照らして採用しない。)。
しかしながら、被告における右のような再度の確認という取扱いが、被告の原告に対する当座勘定取引に伴う契約上の義務になっていたことまでをも認めるに足りる証拠はなく、むしろ、前記1(二)、(三)で認定説示した事情と証拠(前記証人吉原、同国広の各証言)を総合すると、右取扱いは、個々の行員の判断による顧客に対するサービスの範囲内に止まるものと解するのが相当であり、前記証人節代及び原告本人の各供述も、右認定判断を覆すまでには至らないというべきである。
そして、このことは、被告が顧客に対するきめ細かいサービスを第一の目標とする地方信用金庫であることを考慮しても、変わりがないといわざるを得ない。
(二) また、原告は、本件当座において決済される原告の手形取引額は月額金一二〇〇万円から金一五〇〇万円に及ぶものであるから、被告としても、原告がわずか金八〇万円程度の資金不足のために不渡手形を出すなどと考える余地はなかったはずであり、しかも、節代が、被告から受けた資金不足である旨の電話連絡に対し、入金する旨の回答をして資金手当てを行うことをはっきりと言明していることからすると、被告は原告に対し再度確認を取るべきであった旨主張する。
しかしながら、金融機関としては、顧客の資金不足の額の多寡にかかわらず、資金不足の状態にある限り、不渡返却の手続を取らざるを得ないのであるから、そもそも原告の取引高との対比において被告の本件確認義務の有無を論ずること自体、必ずしも適切でないといわなければならないし、また、節代が入金する旨の回答をして資金手当てを行うことをはっきりと言明していたとする点については、前記二で認定したとおり右の事実を肯認することができるものの、他方、証拠(前記証人節代の証言、原告本人の供述)と弁論の全趣旨によると、節代においては、その際、吉原に対し、当日の何時までに送金されてくるというような具体的な話は一切伝えておらず、その後も、被告支店に対しミスズ商事からの送金の有無を自ら確認しようとはしなかったことが認められるのであり、これらの事実に基づくと、被告について、当座勘定取引上に伴う義務として、原告からの入金を待つだけでは足りず、自ら再度確認を取るべき本件確認義務を負っていたとすることはできないというべきである。
(三) たしかに、これまでに認定説示したところによると、本件では、被告が当日午後にも原告に対し再度の確認を行っていたとすれば、原告においても、直ちに資金手当てを行い、本件不渡処分を回避し得た可能性があったと考えられ、原告は、この点を強調している。
しかしながら、そのような再度の確認をするか否かという問題は、前記判示のとおり被告の顧客に対するサービスの範囲に属するものといわなければならないから、結局、被告支店について法的な義務違反があったとすることはできないといわざるを得ないのであるが、従来からの取扱いとの対比において、いささかサービスに欠ける点があったとみる余地がないではない。
ただ、原告側も、自己の資金繰りに関する問題である以上、自ら、被告支店に対しミスズ商事からの送金の有無を確認するための連絡をしていれば、本件不渡処分を回避できたかもしれないのであり、また、ミスズ商事に対して送金先の指示を徹底しておいたり、あるいは、節代が原告から当日午後三時頃に受けた電話の際に、その日の午前中に被告支店から受けていた資金不足の電話連絡の件を原告にしっかりと伝えてさえいれば、原告においてもさらに適切な行動を取り得たものということができるのであって、これらの原告側の対応ぶりの事情をも総合して考えるとき、やはり、被告について原告主張にかかる本件確認義務を負っていたとするには至らないというべきである。
(四) 以上によると、原告と被告との間の取引実情を検討してみても、被告について当座勘定取引に伴う義務として原告主張の本件確認義務を負っていたものと認めることはできない。
3 そうすると、被告について本件確認義務があるとする原告の主張は理由がないことに帰着するから、これを前提として被告に債務不履行ないし過失があったとする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、もはや理由がない。
四よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官安浪亮介)
別紙
1月展示会受注商品のキャンセル
受注日
相手先
納期
足数
単価
足数×単価の金額
1
1/16
(株)ファースト商会
5/20~6/20
250
2,800
¥700,000
2
4/4
三鈴商事(株)
6/15~6/20
1,000
2,300
¥2,300,000
3
5/2
(株)加藤明
5/2~5/20
200
3,700
¥740,000
4
5/2
(株)加藤明
5/2~5/20
200
3,700
¥740,000
5
1/19
(株)丸大
~6/16
995
3,000
¥2,985,000
6
4/15
(株)馬里奈
6/20~7/25
1,314
2,500
¥3,285,000
7
3/5
(株)馬里奈
~5/21
1,890
2,530
¥4,781,700
8
3/5
(株)馬里奈
~6/21
1,116
2,530
¥2,823,480
9
3/29
(株)馬里奈
~5/25
2,000
2,530
¥5,060,000
10
3/7
(株)馬里奈
5/15~5/18
2,600
2,550
¥6,630,000
合計 ¥30,045,180